驚愕の真実とともに浮かび上がる、恐ろしい動機【黒い睡蓮】
仕掛けが明らかになった瞬間、余りにも悲しい真実を突きつけられます。
前回の記事にて、ミシェル・ビュッシの「彼女のいない飛行機」を紹介しました。
今回は同作者による「黒い睡蓮」について書こうと思います。
* あらすじ *
モネの“睡蓮”で有名な村で発生した、奇妙な殺人事件。
殺された眼科医は女好きで、絵画のコレクターでもあった。
動機は愛憎絡み、あるいは絵画取引きに関する怨恨なのか。
事件を担当するセレナック警部は、眼科医が言い寄っていた美貌の女教師に話を聞くうちに、彼女に心惹かれていく。
一方、村では風変りな老女が徘徊し…。
***
前回の記事にて、「彼女のいない飛行機」が大変面白いミステリーだったことを語りました。
そして今作。
前作があまりにも面白かったために、かなりハードルが上がっていました。
はたして前作を越えるような面白さはあるのだろうか、と。
正直なところ、読み始めは「あれ……?」と思ってしまいました。
面白くなくはないのですが、前作を知ってるがゆえに、あまりにも雰囲気が違うために戸惑ってしまったのです。
その原因は、「わかりやすい面白さ」があまりなかったから、なのでしょうか。
前作は、「飛行機事故で、たった一人の赤ん坊が生き残っていた! そしてその子の親族だと主張するものが二組現れて……」と、なんとも強力なフックがあります。
そして読み始めれば、いくつもの魅力的な展開が次々と起こり、最後まで飽きずに読み進められました。
マリオカートで例えるなら、「スタートダッシュに成功し、そのまま一位を維持してゴールする」ような、スピード感抜群の読書でした。
しかしながら今回は、冒頭から終盤まで、なんとも地味なのです。
殺人事件は起きるものの、別に派手な事件でもなし。
事件を捜査する警部と、容疑者の妻によるロマンスはあるものの、そこまで惹かれるものでもなし。
前作とは違い、静かに淡々と進んでいる印象でした。
つまらなかったのか、というと、決してそんなことはないのです。
なんとも奇妙で不可思議な、どこかつかみどころのない事件。
いったいここでは何が描かれているのか。
犯人は誰で、この殺人にはどういう意味があり、子どもたちの視点では何が描かれており、老婆の正体は誰なのか……などなど、結末への期待は徐々に高まっていきます。
言うなれば、霧の中をゆっくりと進むようなイメージでしょうか。
目的地はわかっているけど、その場所には特に濃い霧がかかっているような。
さて、このように書いてしまうと、「この本、外れだったのでは」と思われそうです。
ですが、決してそんなことはありません。
むしろ、「黒い睡蓮は前作を遙かに超える面白さ!」と断言したいほどです。
その素晴らしさを味わったのは、真相が明らかになった瞬間でした。
それまで覆われていた霧が、一気に晴れるような爽快感。
作中で描かれていた複雑な関係、描写の意味が、まさに一瞬にして明らかになるのです。
この衝撃と爽快感は、傑作ミステリーを読んだときにしか味わえないものでしょう。
黒い睡蓮の素晴らしさは、それに留まりません。
真相が明らかになるのと同時に、「途轍もなく恐ろしい動機と、取り返しのつかない悲しい真実」が浮かび上がってくるのです。
これには、本当に背筋が凍る思いでした。
それまでの描写、展開の意味が腑に落ちた瞬間、「こんな残酷なことってあるか……」と目頭が熱くなるほどです。
そして、さらにさらに。
それだけでは終わらないのがこの作品のすごいところ。
ラストに示されたそれは、本当にもう、「読んでよかった」と思えるほどに胸を打つものでした。
前作のような、わかりやすい面白さや、リーダビリティがあるとは言い難いです。
しかしながら、終盤にかかるエンジンは凄まじいもの。
マリオカートで例えるなら、「それまでビリに近かったのに、ゴール寸前でキラーとスターのコンボでごぼう抜きにする」みたいな感じです。
この衝撃と感動は、前作以上であると断言します。
素晴らしいミステリーを読みたくなったら、ぜひ「黒い睡蓮」をどうぞ。